なっこ

VIVANTのなっこのネタバレレビュー・内容・結末

VIVANT(2023年製作のドラマ)
3.2

このレビューはネタバレを含みます

主人公役の堺さんがインタビューで「これは家族の物語」と言っていたのが印象に残っていたが、最終話の展開を自分の脳内で予想していたものと全く違う方向へと引っ張られていく度に、ああそうか、これは「男」たちの物語だったんだな、父子や組織、仲間同士の、男たちの絆の話であって、初めから女たちは排除され、脇役や背景でしかなかったのだと納得した。

ただ、最終話の怒涛のラストの展開で唯一評価出来ることは、母の遺した「復讐」の言葉、その呪いを父子の連携プレイで克服し、乗り越えたこと。空の銃という小道具を使うのは二度目、別班の急所を外した銃さばきを信じて自らを撃たせることで禊ぎをする。個人的には日本の物語にありがちな主人公のハラキリの結末よりは好みだった。みっともなくとも生きてこそ意味がある。もちろん当人の罪の重さの自覚と法の裁きが有れば尚良いが、なんせ主人公は超法組織の別班なので、そんな展開は省いてしまわないと辻褄が合わなくなる。

この物語は主人公が愛を知る物語と銘打たれていたが、むしろ主人公の船出を描いた、ここから彼の本当の人生が始まるような、冒険の始まり部分だったように思う。主人公の人となりを紹介する、自己紹介の物語。この主人公の善悪の判断基準、行動原理を10話かけて説明していった気がする。個人的にずっとこの主人公が好きになれずにいた。信頼できる主人公ではなかった。それは多分彼が愛を知らないと表現されるような不完全さを抱えていて、その未知の部分が怖かったのだと思う。父の愛と組織や国への愛、国勢に翻弄される他国の幼き命への愛、一体どれを彼は優先し、状況判断していくのか。全く見えなかった。

ただ、10話最後まで見ての感想は、砂漠の中で見せた彼の人間性がおそらく本物だった、ということ。ジャミーンの命を救おうとする医師の薫に味方し、逃げることを優先しなかった、そこに彼のほんとうがある。あの逃亡劇の中で彼らの間に生まれた連帯感こそこの物語の最も美しい部分だったと思う。逃亡の行程、タイムリミットよりも、ケアを優先する姿勢。弱いものに優しい主人公。別班であったならこの時の公安の野崎の言うことがいちいち正しいことは分かっていたはず。なのにジャミーンを救うことにこだわった。そして、その乃木の姿勢を深いところで共感し、厳しい言葉をかけながらも好きにさせた野崎こそ、この物語の善性、ヒーローだった。彼の器の大きさに最後は救われている。

9話のベキの回想での妻の最期の顔が主人公の上役の顔に似ていた気がして、私はこの妻の物語を考えていた。実は母も生きていたんじゃないか、乃木のテント潜入が未だに別班の任務なら、ベキ夫婦の公安の任務も実は続行中なのでは…なんていう夢物語は全く違った。この物語で女性は背景、脇役に過ぎない。その行動原理や感情は無視され語られない。この物語は父殺しの物語であり、その妻を奪う物語。帰還したヒーローをその抱擁で迎える彼女を見ながら、そう感じた。

ドラマの成功の鍵は、役所さんをキャスティングできたこと。彼の存在感、セリフの説得感がなければ、全ては陳腐な絵空事になったろう。彼のような父親像を日本は求めている。この物語を通してそう世界に発信してしまった。それが、どう受け止められるか。日本の物語の多くは父親が不在。乗り越えるべき壁が常にない。葛藤すべき憎むべき相手が見えない、手応えのない中で主人公は生きる場合が多かった。この物語では、はっきりとその存在を現し、矛盾のある正義を息子に見せつけた。そして自らを乗り越えよ、その罪を暴き裁けと迫ってくる。大きく確かな存在の父親像を描いたことは評価したい、そしてこの父親は日本社会の外でしか存在してなかったという点もおもしろい。この法や世間の外で、組織や人間像を造形しないと、現実的な日本の社会の中では、おもしろいものは何も描けない、ということなのかもしれない。乗り越えるべき壁なんて存在しないのが日本の現実。大いなる父性は慈父はどこを探してもいない、そういう皮肉にも読み取れると気が付いてはじめて、この物語を私も飲み込めるなと感じた。

皇天親無く惟徳を是輔く

私はまだ乃木を信頼できる主人公だとは感じていない。そんな彼を愛する薫にも共感出来ない。でも、ジャミーンが大好きだし、ふたりが彼女の信頼に応える人たちであって欲しいとは願う。この擬似家族のような3人のこれからの旅路が明るいものであって欲しいと思う。

とにかく考察を楽しませてもらった作品。日曜日の夜を楽しいものにしてくれたこの物語が世界を舞台にどう受け入れられるかにも興味がある。

終わってもまだ見守っていたい、彼らのその後が知りたい、そう思わせてくれる楽しい作品でした。シーズン2も期待しています。
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