なっこ

尚食(しょうしょく)~美味なる恋は紫禁城で~のなっこのレビュー・感想・評価

3.2
愛と自由は両立できない、のか

この物語は男女の愛よりも、母娘や姉妹という女性同士の絆の方に重きを置いている作品だと見るべきように思える。

物語の始まりは3人の厨師が宮中の食事を担う尚食局の女官の試験に挑むところから始まる。
中国ドラマは、この3人、という描き方がとても上手。『成化十四年』は男性版の3人のstoryだった、これは女性版。
宮廷での三者三様の生き方を描いたstory。
一対一の関係では生まれない、嫉妬や尊敬、競争心や憎悪、3人寄ればそんな複雑な感情を表現してくれるように見える。この人よりも上に行きたい、この人よりも私が認められ愛されるべき、そういう誰かと比較してしまう心。または、この人さえいなければ、というような誰かを陥れる気持ち。そういう負の感情がくっきりする。誰かと誰かが結び付けば、その繋がりに嫉妬してしまう、3人って難しい、でもそれが面白い。

何より私は、『家族の名において』で子役として成功しながら、大人の女優として花開けなかった不遇の人ホー・ルイシエンが、ヒロインの親友役として活躍する姿を見られて嬉しかった。本当に、彼女の役柄は、あの物語の続きのようで、良かったねえ、すごい役をつかんだねえ、と勝手に嬉しくなった。実際の彼女はそんな私の同情なんて必要ない程順調にキャリアを積んでいるのかもしれないが。ドラマを通した彼女の姿しか私は知らないので。彼女とヒロインの立場が変わっていっても変わらない友情が何より美しかった。対等で互いを照らし合うような素敵な関係。

男性中心の物語であれば、父と子。その関係性が強調される。でも、こんな風に女性を中心として、母と子、母と娘の関係性を細やかに描いていくことも、十分ドラマになりうることをこのドラマは証明してくれている。ヒロインには秘められた過去があり、それは物語の途中で明らかとなる。天命に抗わんとするその姿勢は、まさにヒロインだからこそ許される冒険だが、彼女のその頑なさには、ひとえに母親への尽きぬ愛情があったからこそだと私には思えてならない。ダークヒロインの蘇月華にしても、彼女のほんとうの望みは母の愛を取り戻すこと。彼女の邪悪さのかげには幼い頃に失った母との絆をただひたすらに取り戻そうとする少女の姿が見え隠れしていて、心が苦しくなった。こんな風に女性同士の絆がその人格形成に深く関わり、その良好な関係性がその人のその後を決めていく、そんな風に描かれる物語はあまりなかったように思う。男性を介して対立するはずの女同士が、どう絆を取り結んでいけばその険悪なムードを脱することができるのか、ひとつの方法、ひとつの理想をここに描こうとした。私にはそんな風に見えた。

愛を拒むかのようなヒロインの頑なさに隠れた苦悩を知るとき、彼女の本当の姿が明らかとなる。ああこんな風にしか、女は戦えないのかもしれない。塔の中のお姫様の孤独な戦いは、今も昔もこんな風に孤立無縁の戦い、単なる我儘としか人の目には映らないのだろうなと。

物語の終盤にかかったときにふと、私はアンデルセンの『人魚姫』を思い出していた。
あの物語は上流階級に馴染めなかったアンデルセン自身の心情が物語に反映されているとかなんとか…泡になって消える悲恋の物悲しさ、この物語ほど、家父長制に抗って自分らしさを失わずに愛と自由を勝ち取ろうとした女の生き方を描いたものはないのかもしれない。男性を魅了する美しい脚を手に入れるために彼女が失うのは、声。
声を失うことは、黙らされること、それは何を意味するのか。このテーマは未だに考えさせられる。

キャリアウーマンのように女官として生きるか、嬪として飾りのように生きるか。自由か愛か。宮廷という籠の中でしか生きられない運命に彼女はどう抗い、何を諦め、それを天命として受け入れていくのか…。

個人的には、皇太后がとてもかっこいいなと感じた。不甲斐ない夫をどう支え、母として子をどう導き、嫁に支えてもらうのか。中年期の女性の尊敬できる生き方を彼女が示してくれたことはとても評価したい。

孟尚食にしても上司としてどうかな、と思う場面もあるが、彼女の母としての苦悩はとても分かるし、家庭よりも仕事を選んだ働く中年のあり方としては、尊敬し学ぶべきところが多かった。

中国明代のお料理と、美しい衣装を楽しみたい人におすすめです。
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